とある飛空士への追憶 / 恋歌

 
 犬村小六著「とある飛空士への追憶」「とある飛空士への恋歌」(ガガガ文庫)です。戦闘機に乗る「飛空士」と、全貌の知れない謎が残る世界で繰り広げられる恋や冒険の物語です。

 2008年2月に発売された「とある飛空士への追憶」は1冊で完結する物語で、2009年2月に発売された「とある飛空士への恋歌」と物語上で直接のつながりはありません。作者いわく「~恋歌」は、「~追憶」が発売される前から構想されていたとのことで、世界観は概ね共通しています。また、「~恋歌」はシリーズ化する予定のようで、1巻だけではお話が終わっていません。

とある飛空士への追憶
 ストレートで今風な飾り気も無く、正面突破の綺麗な物語だと思いました。作者いわくイメージは「ローマの休日」とのこと。簡単に言ってしまうと、お姫様になる予定の女の子を敵地近くから嫁ぎ先に運ぶため、複座の後ろに乗せ、単機で大海原を横断する物語です。大空を単機で飛ぶ開放感や追撃をかわしていく際の緊迫感のある空戦の描写、そして身分の違いすぎるパイロットと後の皇妃、この二人の関係ははたして……といったところが本作の根幹であり、読んでいる上での醍醐味でもあります。

 舞台となっている話というか、期間はそれほど長期に渡っているわけではなく、話の中心を海を渡る場面に絞りこむことで内容は濃密になり、空戦の緊迫感から、お互いの心情の変化といった些細なことまで、急ぎすぎることなく丁寧に描かれていると思います。歳のせいでしょうか?(笑)、結末近くではちょっと目頭が熱くなっていましました。とにかく感動したい!なんて時には男女を問わず、誰にでもお勧めできる1冊だと思います。

とある飛空士への恋歌
 「~追憶」と世界観を同じくしながら、登場するキャラクターや国家(恐らく時代設定も)が刷新されています。作者いわくイメージは「ロミオとジュリエット」とのこと。人物の関係はこの一言で済んでしまう節もなくはないですが、どこまで厳密にロミオとジュリエットをイメージしているかどうかは、読者的に気になるところです。

 あらすじは、表向きには身分を隠している元皇子が、空を飛ぶ島「イスラ」の旅に戦闘機部隊の一員として同行するというもの。これを政治的な追放と自覚する一方で、「元」皇子の元凶ともなった革命の旗印である少女もまたイスラに乗り込むということで、空への憧れや身を焦がすほどの復讐心といった複雑な思いを抱えて旅が始まることになります。

 イスラは簡単にいうと「ファイブスター物語」のフロートテンプルみたいなイメージなんですけど、イスラは最初から浮いていたところを改造して超巨大戦艦みたいにしてしまったところが、イレーザーエンジンで後から浮かせたフロートテンプルと違うところです。

 「~追憶」ではこの世界の不思議の片鱗が出てくるものの、短期集中的エピソードであったことから、世界の不思議について多くは割かれていませんが、実はこの世界、いわゆる世界地図が完成しておらず、登場する国家の人たちは、自分たちが住んでいる世界の海がどこまで続いているかを調べきれていないのです。数カ月進んでも海ばっかりなので飛空艇の中で仲間割れして帰ってきました、的なことを繰り返しており、最近になって発見された空飛ぶ島「イスラ」を使い、世界の端、「空の果て」を見つける大航海時代さながらの空の旅が、本作の主要な舞台になります。

 1巻では主人公である元皇子やその他のキャラクターのこれまでの生活に焦点が当てられており、登場人物のバックグラウンドをしっかりと描いている印象です。特に元皇子は、「元」がつく原因となった革命やその後に起こった厳しく辛い期間がしっかりと描かれており、彼の人格形成(の負の部分)の過程を読者が共感できるようにしていると思います。ロミオとジュリエットと違うのは、革命後に拾われた養父+三姉妹との生活がある点で、イスラでの旅には、三姉妹のうち誕生日が元皇子と1日違うだけで義妹ということになった(少々じゃじゃ馬な)女の子と一緒に行くことになります。元皇子側は1巻でしっかりと描かれていますが、逆にジュリエットに相当する人物はどういう性格かとかがほとんど分からない状態で、これは今後の展開の中で描かれることに期待したいと思います。

 作者いわく空戦は中盤以降にしっかり登場するということで、中盤までは登場人物同士の描写が中心になるのでしょうか。1冊で完結している「~追憶」と違い、「~恋歌」ではすでに恋路がこじれそうな要素が散見されるので、一筋縄ではいかないだろうなぁという期待(?)もあり、複雑な関係がじっくりと描かれていくのはシリーズものの楽しいところです。イスラの旅の果てに全く知らない世界や文明が広がっていたら?というストーリー展開に対する疑問や期待もつきませんし、続巻が楽しみなタイトルです。