剣の女王と烙印の仔

 
 杉井光著「剣の女王と烙印の仔」(MF文庫J)です。イラストは夕仁(ゆに)氏。写真には写っていませんがこのエントリーを書いている時点で4巻まで発売されています。中世ファンタジーの世界を舞台に、血のつながりで強力な力を持ってしまった主人公が、同じく血の運命に動かされるヒロインや騎士団とともに、戦乱の中で翻弄され、抗う様を描いています。
 


 

■世界
 「剣の女王と烙印の仔」の舞台となる中世ファンタジーの世界観は、奇をてらったものではなく、およそ共有されているであろう、城、馬車、王、貴族、剣、炎といったキーワードで表せるものです。明確に無いのは「魔法」でしょうか。少なくとも4巻までに魔法の類は登場しません。その代わりといってはなんですが、主人公の傭兵の少年には謎の出自と共に不思議な力が宿っており、それが魔法に近い存在といえます。発動してしまうと額や手の甲に「烙印」が表れるその呪われた力は、戦場を例外なく混乱と恐怖に陥れる強力な力です。烙印の力をめぐっては、源泉となる部分が大きな謎として登場しており、その謎に迫る様は、国や人々の物語と並行して進んでいく部分となります。

 烙印の力とは別に、舞台となる地域の半分ほどを治める「女王直轄領」の女王にも特別な力が血で継承されており、この女王一族の存在も物語の核となっています。

 世界は、東の中小の国で組む連合と、西の女王直轄領の聖王国軍が衝突を繰り返している時代です。女王直轄領の北、大きな中海を挟んだ地域には優れた文明を持つ大国も睨みを効かせているという状況です。4巻の時点では北の大国は間接的に登場するのみで(これから関与してくる可能性が示唆されています)、基本は女王直轄領の聖王国軍と、「ザカリア」を先鋒とした諸国連合が戦乱を起こしている状況です。ここに宗教を核とした教団が加わることで、国を超えた画策も加わることになります。

 戦場における戦術や奇策を駆使した形勢逆転や、烙印の力による混乱など、一筋縄ではいかない状況がダイナミックに描かれており、先の読みづらい展開は楽しい部分でもあります。ちなみに海は移動で使われるものの、少なくとも4巻までは陸戦が基本となっています。剣撃や炎に包まれる戦場の一場面から、住人の反応や不満といった世論、各国の衰勢や政治的な思惑まで、世界が戦乱で塗り替えられていく様がミクロからマクロまで描かれます。一方で、物語の中心となって描かれる国の数は今のところ限られているので、世界大戦のような煩雑さはありません。ただ、女王直轄領の聖王国軍は登場する人物や組織も多いので、多少注意深く読み進める必要があると思います。

■キャラクター
 登場するキャラクターは杉井光のほかの著作でも有名(?)なように、ヒロインはツンデレフリークスを唸らせるツンデレぶりを披露します。3巻までの表紙を飾っているヒロインのミネルヴァは、未来を予見をする能力を持ち、大剣を振り回す強烈な剣士で、出自も未来もそのすべてが物語の中心となる存在でしょう。

 主人公のクリストフォロ(クリス)は、母親のみに育てられ、死別した後は傭兵となり戦場を転々としていたところをミネルヴァが所属する騎士団に拾われ、行動を共にすることになる寡黙な少年です。彼はその烙印の力を制御できず、戦場を度々地獄絵図に変えてきたことから、周囲の人間の命運を喰らう「獣の烙印」を持つ者として密かに戦場で恐れられていますが、ミネルヴァは予見の力で自分が死ぬことを予見しており、自分が死ぬという命運を喰らう存在としてクリスと行動を共にし始めます。クリス自身は物静かですが、烙印の力が強烈なため、とんでもない災いと背中合わせのおとなしいヤツ、という印象でしょうか。ただ、その烙印の力に抗い、内にある絶望から這い上がろうとする一面はしっかりと描かれています。ミネルヴァと共に進むうちに自身の過去と否応無しに向きあうこととなり、ゆっくりと成長していく様を見ていくことになると思います。

 ミネルヴァの所属する「銀卵騎士団」は諸国連合のひとつ、ザカリアに本拠地を置く騎士団で、ミネルヴァと年の頃は同じながら策士としての能力を開花させ始めたフランチェスカが騎士団長を務めます。フランチェスカは4巻の表紙になっているのですが、4巻での活躍もさることながら、世界の戦乱をやがて牽引していくと思われる存在として、ミネルヴァなどと同様に非常に重要な人物になりそうです。ミネルヴァやクリスは少なからず運命に翻弄されている部分があるのに対し、フランチェスカは対照的に自分が選んだ道筋をかたくなに信じ、時に非常な選択で騎士団を運用していきます。

 フランチェスカの元に集まった銀卵騎士団を束ねる主要メンバーは、寡黙で凄腕の剣士や真面目で健気な衛生兵など、いずれもキャラが立っており、にぎやかな印象ですが、4巻までくるとそれぞれの出自や背景、思惑も一部に表れ、騎士団としてのつながり、お互いの信頼といったものが真に問われる状況も出てきます。

 一方、女王直轄領の聖王国軍は政治や執行体制がそれなりにカッチリと決まっており、女王、三大公家、評議会、剣審院といった位や役職にはそれぞれ濃いめのキャラクターが登場します。こちらも権謀術数、私利私欲が入り乱れる世界で、女王の可憐さが対照的に描かれます。三大公家の人物については名前とキャラクター性をセットで憶えるのが難しい、というより刊行の間で忘れてしまうことがあるので(笑)、登場人物一覧みたいなのが冒頭にあると嬉しい気がしました……。

■ポイント
 中世風の大河戦記ものとして捉えることもできますし、烙印の力を中心としたファンタジーとしても楽しめます。クリスとミネルヴァ(強ツンデレ)の組み合わせや、女王、銀卵騎士団のメンバーなど、キャラクターを中心に追いかけても賑やかでそつなく楽しめます。

 全体のトーンは、クリスの周辺はやや暗いものの(笑)、暗くなりすぎずギリギリの塩梅でしょうか。どうしたら不幸な結末を避けられるか、という大きな流れがある気がするので、輝かしい未来に向かって疾走するような雰囲気では無いですが……ただ、物語のテンポは早く、読み終えればいつも次の展開が気になっています。タイトルによっては、3巻ぐらいまで読むと継続して読むモチベーションを失ったり、なんとなくその世界観に満足してしまったりするものも多いのですが、本作はますます先が気になっているタイトルです。